やりがいと割り切り
どんな仕事もやりがいがないと続きません
現代医療は医者にとってストレス
ストレスを避けるために割り切りで乗り切る
割り切りが優先されると仕事の質は落ちる
どんな仕事でもそうですが、それなりのやりがいがなければ、いずれはその仕事を続けることが耐えがたいストレスとなり、続けることが難しくなります。それは誰にでも共通して言えることだと思います。
そして、そのストレスが高じると、ストレスを和らげる代償として、割り切りが必要になります。一度、割り切ってしまうと、今までのやりがいにかわって、お金儲けをはじめ新たな目的が頭をもたげてくるようになります。これも、誰にでも、そしてどんな職業においても、少なからず共通していることだと思います。
私が駆け出しの脳神経外科医のころ、バイク事故でけがをした急性硬膜外血腫の患者さんをよく手術しました。急性硬膜外血腫というのはバイク事故ずなどで頭部を強打し、そのはずみで、頭蓋骨を裏打ちしている硬膜の動脈が切れて、頭蓋骨と硬膜の問に血液が溜まる状態をいいます。動脈性の出血で、しかも頭蓋骨の内側ですので、急激に血の塊が大きくなって脳を圧迫することにより、みるみる意識が低下していくのが特徴です。救急車で運びこまれてくるころにはかなり意識が低下していることが多く、家族にも絶望がただよっています
救急搬送後、ただちに緊急手術を施します。しかし、手術そのものは頭蓋骨をはずして出血している部位の血を止め、血の塊を除く、いたって簡単な、駆け出しの脳外科医にでもできる初歩的な手術です。1時間もあれば手術がすべて完了します。ところが手術後、患者さんの意識は劇的に戻りますので、家族からもいたく感謝され、手術をした医者は、まるで神様のような扱いを受けることになります。
意識不明の重体患者さんを、一瞬で魔法のように劇的に意識を回復させるわけですから、最大級の感謝をされます。もちろん、非常にやりがいを感じたものでした。急性硬膜外血腫は、まさしくカテゴリー2に入る典型的なケースだといえるでしょう。
いくら患者さん自身に強固な自己治癒力があったとしても、そのままの状態では残念ながら死を待つしかありません。また、時を少しでも逸すると命にかかわってきます。よしんば救命できたとしても、高い確率で重篤な後遺症が残ります。救急搬送システムを含め、医師や看護師などの協働緊急対処の介入がなければ決して救命されることがない典型的な事例だといえます。医者がやりがいを感じる分野はもちろん救急救命疾患に限るわけではありません。たとえば、がんなども本来は医者がやりがいを覚えるカテゴリー2に入る典型的な疾患だと思います。
マニュアルどおりの治療方法だけでは、再発したり転移したりした進行がんを治癒へと導くことは、なかなか難しいかもしれませんが、3大治療(手術、抗がん剤、放射線治療) にもさじ加減を加え、中医と呼ばれる中国医学の手法を取り入れるなどして、個々の患者に合った治療方法を考えていくことで、治癒への可能性を高めることができます。
このように、カテゴリー2に入る病態や疾患は、医者の本領を遺憾なく発揮できる格好の領域だと思います。また、患者さんも大いに医者を信頼でき、医療に期待する領域だと思います。
さらに、医者がかかわってもかかわらなくても治癒に至らない病気であるカテゴリー3に入る状態をカテゴリー2に変えていく仕事も、医者にとってはやりがいのあるものです。たとえば、がんの一部、神経変性疾患、神経機能障害など、まだまだカテゴリー3に入る疾患が少なからず残ったままになっています。治癒が不可能な疾患を、自身の手で、治癒を可能にするというのは、まさに医者冥利に尽きるものです。
ここで、医者の大切な使命として、もう1つだけあげておきたい点は、的確な診断を下すことです。要は、明確かつ正確に患者さんをカテゴリー分けすることです。
もちろん、カテゴリー2 に入る重大な疾患を見つけることが重要なのは、言うまでもありません。しかし、特に強調したいことは、医者にかからなくていい人をかからなくていいと断定することも、大切な仕事だということです。けれど、そのことが今はあまり重要視されていません。このトリアージも、かなりやりがいのある、医者としての1つの大きな仕事だと考えています。