医者のジレンマ

現場で働く医師は診療で忙殺されている最中に、しばしば妄想にとらわれることがあります

マニュアル通りに働くしかない

機械化しなければいつまでたっても終わらない

患者を診るではなく「さばく」

現場で仕事に診療で忙殺されている最中に、しばしば妄想にとらわれることがあります。時間に追われ、ただもう標準治療(マニュアル)そのままに患者さんを機械的に「さばき」ながら、いったい私の医者としての存在意義はどこにあるのだろうかという疑問です。現場の医師は人間というよりも、型どおりの検査を指示したり、決まった薬の処方箋を出したりするだけの機械のような、そんな気がしてなりませんでした。

なぜなら、要求されるのはスピードと正確さで、人間味や人間的な「あいまいさ」や「さじ加減」は必要とされません。いかに間違わずに検査をオーダーして、間違わずに薬を処方するか、ということでした。もちろん医者に正確さが非常に大切なことは、当たり前に理解しているつもりですが、それならいっそのこと、コンピューター(機械)にでも医者をさせれば、もっと正確で手っ取り早いのにと思ったりしていました。

また、このようなマニュアル通りの診察を受けて、はたして患者さんはどれだけメリットを感じているのだろうか、というのも疑問に思うところです。ただ習慣として、あるいは日課として受診しているだけなのではないかと不安になったりもしました。たった3 分間では、話をまともに聞くこともままなりません。患者さんのよき話し相手にすらなつていないはずです。

経営の採算を考えると、叫日に少なくとも40〜50人は診なくてはなりません。そうするとひとりひとりをゆっくり診ることもできません。多くの医師がジレンマに陥っていくはずです。

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